街・その他の詩篇


     街

 なんという風がふきあれているのだ、
  この街には
 この街には・・・
 ま白くビルディングがある
 大気のみを内にたたえて
 永遠の墓標のようにそびえている

 そのあいまにも
 時と生命の香り失せた大気が流れてくる
 木造の廃屋とビルディングとのあいまを
 時と生命とを失なった大気が流れてくる

    時と生命の香りがこおりついた
    こおりついて失なわれた
    今、この街をおおう
    なんというあれはてた風なのだ

 ぼくはこの蒼白の空間を歩いていく
 風のあまりの暴涼に
 魂の底がこごえる
 こごえる足をふみしめて歩いていく

 ぼくの家へ・・・

 重い大気の底に
 こおりかけ
 もう廃屋と言える家へ
 そのなかへ歩いていく

 そのなかで夕飯を食べるために
 腹には砂のような飯
 胸には虚無を穿つために



     夢

 夢を育むことによって日常から解放されてあり
 否定を育むことによって夢から解放されてあり
 さらに新たな夢を育むことによって夢からも解放され
  てあろうとする
 そうして残るのは苦いザラザラとした意識のみだ

    ジュージュージューリンの夢がある
    キューキューキューリンの夢がある

   ぼくはぼくをつぶしたかった
 ぼくはビルの上にのぼって
 屋上から頭を地面にたたきつける
   血や肉がとび散って、美しい花火のようだわ、と
  少女達がささやく
 そうして鰯のような頭になったら
 君をもう一度愛せるかもしれない



     たそがれ

 たそがれは明日を告げる
 おごそかに脅迫的に
 明日を
 明日一日の一切を告げる

    老婆のうめく声
    終焉する一日におびえ
    せまりくる一日におびえ
    今を見いだしえない
    老婆の
    ひからびた血管をふるわせるうめき

 木陰のうす暗い勉強部屋に
 老婆の遠いうめきにおののく少年は
 機構のダイナミズムの歯車の
 一日と一日との間にはさまれてもがく少年は
 うっぷして
 たそがれが休息の時であった幼いころ
 たそがれが純粋な一日の終焉であった幼いころ
 その幸福な日々の再びおとずれるであろう遠い未来を想
  うのだ



     小春日和

 論理は知らぬ、とAは言う
 束縛はよけいだ、とBは言う

 講義をおっぽりだし
 クラブをおっぽりだし
 そうしてつかんだ自由
 放縦とみまがうほどの喜び

 太陽の粉の
 キラキラとかがやく午後
 憂鬱の深い谷の上をみごとにつなわたる
 幻術のような生命の噴出



     彷徨

 すべては終わった、
 ぼくの興奮がさけぶ
 ぼくの臓腑を空に投げあげ
 巨大な放物線で
 ぼくの心をやわらかくつつもうとして
 ぼくの興奮がさけぶ

    内面を
    やわらかい鈍器でこずかれたような
    衝撃

 暗い熱情だ
 やつらをなぐりたおしたい熱情なのだ

 ズンズンとズンズンと歩く
 おれの熱情をふりきって
 おきざりにしようと
 ズンズンとズンズンと歩いていく

 おれの心ににえたつ病巣
 暗い熱情だ
 やつらをなぐりたおしたい熱情なのだ

 ズンズンとズンズンと歩いていく
 空にはかすかに星が光る
 夜風の
 人類最後の清浄のなかをわけいっていく



     豊かな部屋

 豊かな部屋にするのだ
 黄色いカアテンや机、白い壁紙に
 幸福の想いがあたたかくただよっている
 そういう部屋にするのだ

 こごえる
 存在のふるえる夜
 ストウブをなしにすごせるような



     雨

 おれは長年月に
 重苦しくまついつく時の流れに
 一切の養分をあらい流された
 この身体を雨のなかにさらした

 何もない
 情熱も希望も流された
 おれは
 この雨を冷たいと感じる感覚を喜ぶ
   あのように重苦しく怠惰ではなく

 ただ一つ
 充実ということを知っている感覚
 この雨を冷たいと感じる感覚を除いたすべてが
 嵐の日の土壌のように流される

 おれは
 ものうさやゆううつの流れるのを喜び
 雨のヴェールのなかの自由を喜び
 生まれる以前の
 はるかな故郷からのたゆたいのなかをさまよう



     {活性化しえなかった・・・}

 活性化しえなかった時が
 床にしずんで淡く腐敗する
 電燈のあらわな光が神経を休ませない
 この部屋をぼくは去る

    甘え、
    どす暗い沈殿に対する甘え、
    が地下水のようにぼくの脳髄を流れる

 光のいやらしい吸縛から逃れようと
 電燈の白いひもに手をのばす
 ひもをひくたびの
 神経が空にきえる
 突然の虚無におびえながら